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『イミグレ怪談』 批評文 vol.2

久留米シティプラザでは、より開かれた劇場を目指し、久留米シティプラザが主催した自主事業公演の記憶を広く永く共有していくために、舞台写真とともに批評文を公開いたします。
 
2023年9月2日、3日に久留米シティプラザ Cボックスにて上演した、神里雄大/岡崎藝術座『イミグレ怪談』について、演劇評論家の柴山麻妃さん、福岡大学共通教育センター外国語講師の鈴木美香さんのお二方に批評文をご執筆いただきました。このページでは、鈴木美香さんの批評文をご紹介いたします。
 
 
 
移住・越境する人々と限りなく漂い続ける記憶
文:鈴木 美香
 
 

思い入れのある場所と結びついたヒトの記憶は幽霊のように時空を越えて彷徨う―――今回鑑賞した『イミグレ怪談』(注) はそのことを私たちに強く訴える。

本作品は沖縄から南米のペルーに移住した曽祖父母を持ち、両地を行き来する家に生まれ育った神里雄大氏が「移住」「越境」をテーマに創り上げた作品である。登場人物は男性2人と女性1人、そしてビデオ電話で登場する東洋系女性の4人のみ。対面でコミュニケーションを取る3人のやり取りを見ていると、互いが昔からの知り合いであるかのように思える瞬間もあれば、互いの視線や会話の内容が合わない瞬間もあり、随所に違和感や伏線が散りばめられていることに気が付く。彼らが一体何者なのか、彼らが今いる場所はどこなのかについて自然と推理を働かせずにはいられなくなるのだ。

1人目の語り手は焼酎のルーツを求めタイに渡り、その隣国のラオスに工場を作ったという男性。焼酎や泡盛についての蘊蓄に始まり、タイでの美女との出会いと彼女との暮らしについて語っていく。日本人の移住先として人気を誇るタイで気楽な毎日を送っているのかと思っていると、突然ある出来事に遭遇したとその時の状況を詳細に話し始める。ここから男性の話が現実に起きたことなのかそうでないのか区別が付きづらくなる。

男性が退場し今度は女性が話し手となる。勝連(沖縄県うるま市南部の旧町域)のアクセントでもう一人の男性と会話を続ける。すると、ビデオ電話で東洋系の顔立ちをした女性と外国語で話をし始める。後者の女性は女性のはとこだと言うが、なぜ2人は日本語ではなく外国語で会話をしているのか―――この男性と同様、そのやり取りに疑問を感じた観客に答える形で女性は自分が何者であるかを明かす。女性の祖父とはとこの祖父は元々沖縄出身で、女性の祖父はボリビア、はとこの祖父はその隣国ブラジルに移住したのだと言う。女性の口からは南米に渡った日本人移民の歴史が第二次世界大戦の沖縄戦の悲劇を絡めて語られる。南米に向かった日本人と言えばブラジルやペルーに向かった移民の存在が知られているが、ボリビアでは戦後元々いた沖縄出身者が沖縄本土の人々の受け入れ先として新たに移住地を建設したこと、最終的にオキナワ移住地が建設されるまで彼らが数々の困難を乗り越えてきたことが説明される。

女性は日本人移民の苦難の歴史に言及しつつ、最近も似たような話を日本で聞くと続ける。これは出稼ぎを目的として南米から日本に来た日系人(上記日本人移民の子孫)やアジアから来た技能実習生のことを指していると考えて間違いないであろう。女性の語りは女性の家族自身の語りからさらにスケールの大きい話に広がり、日本と海外を結ぶ移民の存在、彼らを取り巻く問題について深く考えさせられる内容となっている。

沖縄公演(2022年10月 那覇文化芸術劇場なはーと 小劇場)舞台写真 撮影:大城亘

 
 

最後に話をするのは首都圏から沖縄に移住したという男性。少年時代に所属していた野球部では、真夏であっても練習中に水を飲むことが禁止され、坊主頭であることが良しとされ、雨天時は筋トレと称して先輩をおぶっての階段の上り下りをしなければならなかったと振り返る。今となってはパワハラや人権侵害と捉えられるような訓練を行っている部活動ではだいぶ減っていると思われる。それでも周りの人に引かれるような言動を取ってはいけない、周りの友達と同じ物を好きにならなくてはいけないといった同調圧力は未だに日本の学校に強く蔓延っている。明るい口調ながらも、男性の語りには現代に続く数の暴力、忖度、暗黙の強制への批判が込められている。

男性は夫の仕事に合わせ沖縄に移住した野球部の同期に触発され同地に移り住むことを決意したと述べる。野球部時代の無理が祟り腰と膝の不調に悩まされてきたが、沖縄に来てから膝の痛みは出ていないと言う。この瞬間、男性がいとも簡単に都会から離島への移住を決めたことに対し当初感じていた驚きが彼への同情や理解に切り替わる。男性の心は知らず知らずのうちに都会の喧騒や同調圧力に揉まれ疲弊してしまっていたのだろう。男性が自身の希望や願望を移住の推進力とする「ライフスタイル移住」のために沖縄に来たことが分かる。

おしゃべりな男性の身の上話が続くのかと思いきや、話の内容は沖縄の幽霊や妖怪に移っていく。男性が現地で目にした沖縄関連本には、沖縄では幽霊も妖怪も日常生活に溶け込み人間と共存しているほか、この世とあの世の境界が曖昧であると書かれていたのだと言う。さらに男性は近所に住むマコさんという女性から聞いたという「変な妖怪」の話をする。

この「変な妖怪」の特徴を耳にした後、再度全員集合した3人の主人公のやり取りを改めて目にしてこれまでの違和感や疑問が何だったのかが少しずつ解明されたような気になっていくのだ。

沖縄公演(2022年10月 那覇文化芸術劇場なはーと 小劇場)舞台写真 撮影:大城亘

 
 

主人公3人が語る「移住」「越境」の経験は異なる時代、国・地域で起きたことが推測出来るが、いずれも神里氏の家族や友人、知人の実体験を基に織り交ぜたものであることは想像に難くない。興味深いのはいずれの体験談にも沖縄が登場することである。沖縄にルーツを持つ神里氏のこだわりが感じられた。また、ベトナム戦争時代に米軍の空爆を受けたラオスや県民の4人の1人が戦死した沖縄戦についての語りから戦争の惨さや戦後も続く傷跡についてのメッセージも発信されている。

結局3人が何者なのか、彼らが今いる場所はどこなのか、彼らはいつから/いつまでそこにいるのか明確な答えは出ず、観客の解釈に委ねられる形となっている。彼らの記憶の中で都合よく書き換えられている或いは美化されている可能性は残りつつも、彼らが思い入れの強い場所、忘れがたい記憶と共に存在していることだけははっきりしている。その強烈な念が時間や空間を無視して絶えず漂い続けているのだ。

筆者もまた日本とフィリピンにルーツを持つ家庭に生まれ育ち、父親の仕事や交友関係、母方の親族との付き合いにより幼少期から国内外の複数の場所に行き、様々な国籍・人種・宗教・年齢・職業・学歴の人々と接する生活を送ってきた。大学時代からは主に移民・難民をテーマにした調査・研究活動を行っている。体だけでなく心も越境する日が多く、人一倍アイデンティティや思考の揺れを経験している。他方、その中で郷愁の念を感じる場所、思いがけない良縁で繋がった人々も増えていき、それらは例え別の場所に移ったり時間が経ったりしても色褪せることはない。むしろ日に日にそれらに対する執着と呼んでもいい想いは強まるばかりである。『イミグレ怪談』の登場人物3人の「移住」「越境」に関する語りが他人事と思えなかったのはこのためであったと考えている。

 
 
(注) 本稿は那覇初演時の記録映像を視聴の上で執筆したものである。
<参考文献> 石川友紀(1986)「ボリビア国コロニアオキナワ移民の再定住に関する実証的考察」『沖縄地理』沖縄地理学会、53-64ページ

JICA横浜 海外移住資料館(2019)『海外移住資料館だより』No.52
https://www.jica.go.jp/Resource/jomm/outline/ku57pq00000lx6dz-att/dayori52.pdf
(2023年9月29日最終アクセス)

綱川雄大(2023)「ライフスタイル移住概念を通してみる日本の人口移動研究」『文学研究論集』第58号、明治大学大学院文学研究科、57-72ページ

長友淳(2015)「ライフスタイル移住の概念と先行研究の動向―移住研究における理論的動向および日本人移民研究の文脈を通して」『関西学院大学国際学研究』Vol.4 No.1、23-32ページ

日本経済新聞(2019)「南米ボリビアに70年、もう一つの「オキナワ」 日系人が文化継承」2019年7月27日 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47869150X20C19A7000000/
(2023年9月29日最終アクセス)

福井千鶴(2017)「ボリビアにおける日系人移住地の歴史的形成と課題」『国際関係学部研究年報』第38集、日本大学国際関係学部、1-11ページ
 
 

鈴木 美香(福岡大学共通教育センター外国語講師)

日本人の父親とフィリピン人の母親の間に生まれ、幼少期から多文化の環境で暮らす。研修・技能実習制度関連の財団法人、カリブ地域の日本大使館、新興国の経済・政治を調査する財団法人等での勤務を経て現職。スペイン語担当講師として教鞭を執る傍ら、フィリピンや中南米の移民・難民についての調査・研究を行っている。
 
 

『イミグレ怪談』批評文 vol.1 はこちら

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2023年10月18日