村川拓也『 Pamilya(パミリヤ) 』 批評文 vol.1
『 Pamilya(パミリヤ) 』を観劇して
文:塚本 真由美
私が『 Pamilya(パミリヤ) 』を観劇し、4週間が過ぎようとしている。なのにまだ、私の中には上演中のあの不思議な感覚が残っており、日々の生活の中で時折問いかけてくる。それは、なぜか…。今、こうやって執筆している私はそれがこの上演のねらいだったのだろうか…と考えざるを得ない。
村川氏が演出されたこの『 Pamilya(パミリヤ) 』は、日本の外国人介護労働者にスポットをあて制作されたドキュメンタリー演劇というものだった。これまで観劇した作品や映画鑑賞時と同じように、他の観客と同時に泣いたり笑ったり、無意識に声が漏れるような同じ感情の共有を館内でするのだろうと勝手に思い込んでいた。ただ、そうではなかった演出に、時折ふと生活の中で湧き出てくる「問い」があるのだろうと今、考えている。
フィリピン人であるジェッサ・ジョイ・アルセナスさんは、EPA(二国間経済連携協定)の介護福祉士候補生として来日し、筑後地域の特別養護老人ホームで約5年間働き、その後去年の1月に母国に帰国している。本作は2020年2月に福岡市で初演され、日本で実際に介護士として働くフィリピン人女性がそのまま介護士役を演じていることでも反響を呼び、今回再演されることになったと伺った。この作品を制作するにあたり、2019年村川氏は福岡の介護施設を対象にリサーチを行っている。
振り返ってみると、2019年度は、ちょうど私が勤めている介護福祉士養成校でも初めて外国人留学生を受け入れた年である。そのころの福岡県内の養成校では学生確保のため様々な策を講じており、国内の日本語学校だけにとどまらず、海外まで足を運び学生募集に動いている養成校もあった。現状として、日本人学生を超える勢いで外国人留学生が増え始めていたころだ。当時、福岡県介護福祉士養成協議会(福岡県内の介護福祉士養成校で組織する団体)の幹事校の事務を担当していたこともあり、福岡県保健医療介護部高齢者地域包括ケア推進課から、外国人を受け入れている団体として「福岡県外国人受け入れ対策協議会」1) への参加依頼があり、介護の現場が変わっていくことを直感し、また、どのように対応していこうかと戸惑っていたことを思い出す。というのも、その構成団体が県、市町村、国など関係機関、経済団体・事業者団体、地域国際化協会、留学生関係団体、士業団体など、官民56団体と幅広かったからだ。説明の内容は、協議会の設置、運営方針の周知などで生活、労働情報や課題を共有し、受け入れ環境向上を図る狙いであったが、非常に緊張して会に臨んだことを記憶している。福岡県外国人受け入れ対策協議会が発足したその後は、部会が設置され、就労や生活面の不安、事業者が抱く制度の課題点や困り事を把握し、必要な対策につなげられた。現在も会の目的2) に沿って外国人留学生の奨学金などの支援事業や将来介護現場を担う外国人留学生の確保に向けた取り組み、留学生への日本語学習などの課外授業の実施が行われている3) 。本学においても留学生の学習環境の整備にも活用し私自身も、外国人留学生への効果的な学習支援のために日本語教師資格などの研修を短期集中的に受講したものだ。このように、介護の担い手として本格的に外国人の力を必要とすることに福岡県も動き出したこの時期に、村川氏は同県内の福祉施設に足を向けていたのかと思うと、これは偶然ではなく必然的なもので、その視点は、世論に提示したい「何か」があったのだろうと感じる。
本作は、介護福祉士候補生であるジェッサさんが施設利用者のエトウさんとの何気ない日常生活を再現している。エトウさん役は、会場から希望者を募られ、参加型の公演となっている点もユニークであった(今回は感染予防のため事前にボランティアで決めてあった)。上演開始時に簡単な説明のみされ高齢者を演じることになる。そのため上演が進むにつれ、観客も一緒にエトウさんになり老いていくことを感じる、または考えるのだ。私たちの生活と変わらない何気ない日常である、起床や簡単な体操、食事、入浴、レクリエーション。そして、日常生活の中で必要な会話。「エトウさん、ご飯食べんね。なん?食べんと?」「エトウさん、べちゃべちゃやん。どうしたと。拭こうか」「エトウさん、髪短いね」「お湯飲まないでね。特別よ。気持ちいいやろ?」明るく楽しそうな声のトーンで淡々と関わっている場面が続く。ジェッサさんのペースで進んでいくこの場面では、エトウさん役がされるがままのこともあり会場でも笑い声が漏れるほどのほんわかした場面だ。ついつい一緒にレクリエーションに参加している利用者になって声が出そうになる。舞台設営は、暗く奥行きがあり、車いすや浴槽など実物があるわけでもなく、もちろんお湯が溜まっているわけでもないのに、そこには湯気が立ち温かい手に触れられているような、そのような感覚に陥っていく。心も温まる場面だった。ただその一方でこの流ちょうな筑後弁が自然と出るようになるまで、どのくらい時間を要したのだろうと考えた。
上演が進んでいく途中、ジェッサさんは、時折タガログ語で自身の思考や感情を語る。合わせて背景に日本語訳が字幕で映し出された。楽しく陽気に方言を交えながら、エトウさんとの日常を表現していたが、タガログ語で語る時はそれまでのにこやかな表情から変わり真剣で、彼女が母国にいる祖母のこと、1人娘のことを忘れたことはなかったことを知る。このように上演とともに日本語の字幕がなければ、古郷への思いや大切な人のことを考えている葛藤を知ることはできなかっただろう。当時の同職者は、この字幕の内容を知っていたのだろうかとも考えた。とともに、現在筆者が務めている介護福祉士養成校で就学している留学生一人ひとりの顔が浮び、どれだけこの留学生一人ひとりが入国に至った背景を知り、かかわっているだろうかとも考えた。生まれて初めて海外に出国し、入試にて日本の印象の問いに「こわい・・・」と、か細い声で答えた20歳のインドネシア人留学生。日本語学校卒業まもなく父親を亡くしたネパール人留学生。日本での生活が落ち着いてきたと思う頃に、両親の不仲を双方から知らされ部屋から出られなくなったネパール人留学生。
この公演を鑑賞した2022年。日本の人口の多くを占める団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となり始め、2025年度には全員が後期高齢者となる。このため介護のニーズは今後も急激に増大していくのは間違いない。その後2040年度にかけ、高齢者数の増加ペースは鈍化するものの、支え手となる現役世代の人口は急激に減少していく。介護ロボットやICT活用など機器や技術開発も必要だが、人の代わりがすべてできるものではない。慢性的な介護人材不足を支える外国人介護士の力は、なくてはならないものだ。
私が感じた上演中の不思議な感覚は、見ている観客が同時に泣いたり笑ったり、ではなかったところに起因する。特に、悲しい場面ではないときの観客の泣き声は印象に残った。技能実習生、EPAの介護福祉士候補生、受け入れ施設管理者、施設職員、留学生受け入れ教員、介護者家族など、置かれている立場により感じ方が異なったに違いない。そしてあなたは、この文章をどの立場で読んでいるだろう。この作品を通して一旦立ち止まり、変化していく社会に目を向けてはどうだろうか。私自身もそれぞれの立場がどう感じ今後の日常生活に落とし込むのだろうかと「問い」続ける。
1)「福岡県、外国人材受け入れへ協議会 官民56団体連携」2019.5.29 西日本新聞
2) 福岡県外国人材受入対策協議会規約
(目的)第2条 協議会は、外国人の円滑・適切な受入れに向け、外国人に係る労働環境の整備や生活環境の整備を促進するため、受入関係機関が協力して対応していくことを目的とする。
3) 外国人介護人材 - 福岡県庁ホームページ
塚本 真由美(九州大谷短期大学 福祉学科専任教授)