ユースプログラム2025「新しい演劇鑑賞教室」(前期)②レポート | 久留米シティプラザ

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ユースプログラム2025「新しい演劇鑑賞教室」(前期)②レポート

久留米シティプラザでは、若者が作品を鑑賞するための入口づくりを目指して、作品鑑賞と参加者同士の対話などを組み合わせたユースプログラム「新しい演劇鑑賞教室」を実施しています。
 

7月6日(日)に開催したユースプログラム「新しい演劇鑑賞教室」後期②(対話の時間)の様子をご紹介します。
 

■鑑賞作品「老いと演劇」OiBokkeShi 『恋はみずいろ』

 俳優で介護福祉士の菅原直樹と看板俳優の岡田忠雄(99歳)を中心に、演劇公演やワークショップを行う岡山県奈義町の劇団OiBokkeShi(おい・ぼっけ・し)。
『恋はみずいろ』は高齢者のみならず、さまざまな背景と人生を歩む人々とともに制作されました。老人ホームを舞台に母親とわかりあえず思い悩む息子、母親の交友関係に不信感を抱く娘などが登場し、介護現場における人間関係を通して、家族の在り方について問いかける作品です。

〇公演情報
https://kurumecityplaza.jp/events/6645/

 本作を鑑賞後、25歳以下の若者19名が対話の時間に参加。公演を終えた劇団OiBokkeShi作・演出の菅原直樹さんと出演者も見学者として見守ります。
司会・進行を務める長津結一郎さんは「アラフォーの自分には、かなりこたえる作品でしたね。ボロ泣きしてしまいました。今もあまり言葉にできません」と自身の感想を語りました。会場内のホワイトボードに「緊張している」「緊張していない」「言葉になる」「言葉にならない」と記載し、今の気持ちをもとにグループに分かれるよう促します。すると多くの人が「緊張して言葉にならない」という結果に。
 次に長津さんは、カラーチャートを掲示。『恋はみずいろ』というタイトルから、鑑賞後の気持ちを色で表現するよう伝え、再びグループに分かれて感想を共有します。

 最初に口火を切った参加者は、宿直職員・古千谷(こじや)と、母を入所させているイタリア在住の娘・増渕が母との信頼関係を巡って対峙した時に「施設でいつも介護をしてくれる他人と、遠くにいる家族ではどちらが信頼できるのか」と自身でも考えたそう。一緒にいなくても一生関係が続く家族と比べたら、表面的な他人との関係性は薄っぺらい。「あなたには家族の辛さがわからないでしょうね」という増渕の言葉が重く刺さった様子。「今後のライフステージで、必ずしも親と一緒に過ごすとは限らない。年齢を重ねた親に対してどういった選択をしていくのか自分にも考える日が来る」と語りました。進学のため地元から出てきたという参加者は、就職先によっては一生地元に戻らない可能性もあり、自分の家族のカタチでさえ変わっていくものだと実感したよう。
 舞台上の出演者について、「地元のおじちゃん、おばちゃんにそっくり」という感想も。「入居者役の人たちの演技がアドリブにみえた。スムーズすぎて、演劇だということを忘れてしまった。どんなセリフが書かれていたのか?台本を読んでみたいと初めて思った」「老いを演じるワークショップで、演劇と介護は似ていると菅原さんが言われた事を思い出した」と語る参加者もいました。

 またカラーチャートで「茶色」と答えた参加者は、鑑賞後「いい気がしていない」との感想。余命いくばくもない父が娘にこれまでの思いを伝えるラストシーンを見て「もっと早く娘の意志を受け入れていれば、娘と孫の関係性も悪くなることはなかった」と。親には厳しく孫には甘かった自分の祖父を彷彿させたそう。
 古千谷については「最初は好印象だったが徐々に印象が悪くなった。家族の生きづらさを抱えている人が解放されるパラダイスを作りたいと言った場面から、簡単には信用してはいけない人だと思った」「自分とは相性が悪そう、何を考えているか全くわからない」などの感想がある一方で「私は古千谷さん凄く好きです」と手を上げる参加者もいました。
 冒頭で、入所者の元中学生教師・松村が施設のフロアで女子中学生の姿を見つけて周囲の人に指し示す場面で、施設スタッフ同士が「僕たちには見えなくても、いるんでしょうね」という言葉に注目した参加者も。松村には女子中学生が見えているのが現実。嘘と本当の境界線が曖昧になっていくのを感じたそう。
 終盤で登場する男子生徒が女子生徒に告白する場面では、「ありのままの君が好きだ」と告白するストレートな表現が良かったという声や、「自分が好きな事を今決められない」という返答に中学生らしいリアリティがあったという意見がありました。

 「対話の時間」の終了時間が近づく頃、本作の作・演出を務めた菅原さんが壇上に登場します。「今までのみなさんの意見を聞いてどうでしたか?」という長津さんからの質問に対して、菅原さんは「みなさんの感想を聞けて嬉しいです。上演後に直接お客様からの感想を聞くことがないので」と笑顔。
まずは入居者役の人たちの演技について「今日は演技ではミスがあったけどアドリブで乗り越えました。70%は台本通りです」と答えると会場からは歓声が上がりました。菅原さんは「演劇経験がなかった方々が舞台に立ち、自然と会話を楽しめていることが演技につながり、観客に伝わったと思います」。古千谷については「人によって印象が分かれるのがおもしろいところですね」と感想を伝えると、後方で見守っていた出演者たちも頷きます。最後に余命いくばくもない父を演じた岡田(おかじい)について「99歳のおかじいにとって、現実が嘘で、舞台が本当になる。今日の舞台上の演技が岡じいにとっては現実なんです」と語ると会場からは大きな拍手が沸きました。
 終了後に菅原さんは、その場を離れがたい参加者達の質問に時間が許す限り応じていました。

進 行: 長津結一郎(九州大学大学院芸術工学研究院准教授)

<参加者からの感想(一部抜粋)>
・初回のワークショップを経て観劇した後に「対話の時間」を設けたことで、介護と演劇への理解が深まった。大学ではなかなか触れない介護というテーマについて考えるきっかけとなった。

・全体を通して物寂しさを感じた。分かりあえないことや、怒りをぶつけてしまうことは私も経験があり重ねて苦しくなったが、みなさんの意見を聞いていろんな発見があって面白かった。

・否応なしに家族の在り方について考える機会となった。非常に苦しかったけれど、今後の生き方を考える上で有意義になった。99歳になるおかじいが、自分のやりたい事として演劇を行い、劇団で活躍する。元気で素敵な人だと感じた。

・古千谷さんについて、みんなが怪しいと思っているわけではない事にとても驚いた。演劇は嘘だけれど、誰かにとっては本当のこと。笑いごとにできないことを私たちは観に来ているのかもしれない。笑顔で迎えるカーテンコールの瞬間に、やっぱりどこまでが嘘か分からなくなる。いいよね、演劇って。

 

2025年11月05日