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ユースプログラム2024「新しい演劇鑑賞教室」(後期)②レポート

久留米シティプラザでは、若者が作品を鑑賞するための入口づくりを目指して、作品鑑賞と参加者同士の対話などを組み合わせたユースプログラム「新しい演劇鑑賞教室」を実施しています。
 

2024年11月30日(土)に開催したユースプログラム「新しい演劇鑑賞教室」後期②(対話の時間)の様子をご紹介します。

 

 困窮者を支援するNPO法人抱樸(ほうぼく)の奥田知志さんが牧師を務める東八幡キリスト教会。今回取り上げる『重力の光:祈りの記録篇』は、この教会に集う人々が演じるキリストの受難劇と、彼らの歩んできた苦難と現在の物語を交差させたドキュメンタリー映像作品です。

 作品を鑑賞後、25歳以下の若者23名が対話の時間に参加。司会・進行を務める長津結一郎さんの「すぐに感想を言葉にするのは難しい作品だったと思います。この場で大事にしていることは、他の人がどんな風に思ったのか意見を共有すること。自分では気づかなかった事や、見方の違いに気づいてもらうことです」という声掛けで始まりました。

長津さんは作品の中で気になったシーンを具体的に挙げることを提案。3~4人のグループに分かれて意見交換し、考察を深めた上で発表します。 例えば天国のような場所で、登場人物が天使の衣装を着て登場したシーンに注目したグループは、「天使が踊っている姿は、その人が救われたイメージ。重力から解放されて浮かび上がった感じがした」、「岩に腰をかけた女性が天使の姿で煙草を吸っているシーンでは、彼女にとってはそのひとときが救いで解放される時間だったのでは」など、同じシーンでも着眼点や解釈も様々でした。 暗闇の中で男性の姿が浮かんでくるシーンが印象的だったと語る参加者は、「その映像の前に、四方を段ボールで囲った路上生活者が、隙間から手だけを伸ばしてお弁当や毛布などを受け取るシーンがあった。暗闇は、段ボールハウス内の視界を表しているのでは」と感想を述べました。長津さんは、「そのシーンは私も見過ごしていました。なるほど」と納得の様子。


 長津さんは「プレレクチャーの内容を踏まえて、作品について感じたことがある人はいますか?」と質問を投げかけます。

登場人物のカンナさんに着目した参加者は、「居心地の良い場所とは、自分のことを分かってくれる人が周りにいる事だと理解しました。カンナさんは家族、病院、施設で、相手を信じても最終的に見捨てられた辛い過去があったけれど、教会で寄り添ってくれる人と出会い、そこが居心地の良い場所になった」と感想を。

 またある参加者は「自分にとって教会は居心地がいいのか」と自問自答した結果、「辛い経験がない自分は周りに気を遣ってしまいそう。自分の境遇に近い人がいて、分かり合える安全な場所が居心地の良い場所だと思う」と話しました。

 中盤に差し掛かると、この日たまたま来場されていた出演者のキクちゃんこと菊川清さんから「みなさんの意見に驚きました。私は、現在75歳。映画を通じて若い人と交流し、色々な考え方を知る事ができて嬉しいです」と挨拶がありました。 

「この作品は、命の大切さを分かってもらうために制作されました。年間約20,000人の方が自ら命を絶っています。私は教会に行って助けてもらいました。だから今、助ける側に回っています。もし、悩んでいる子どもたち、友人がいたら手を差し伸べてもらいたい」と自分の思いを伝えました。

するとここでイベントのためイギリスから一時帰国した石原海監督が、リモート参加するサプライズ。
画面越しに菊川さんと対面し、「久しぶりにキクちゃんに会えて嬉しい。先ほどの学生さんに向けてのメッセージは10分きっかり。役者としてのうまさがありました(笑)」と話すと自然に菊川さんも笑顔に。


 

 石原さんはコロナ禍のタイミングで北九州へ転居。本作の舞台となった東八幡キリスト教会に通うようになります。「日曜日に教会に通い聖書を勉強して、弱者が良いとされる逆転の世界観を知り、キリスト教とは傷ついている人たちに向けた宗教だと思いました。私は、みなさんくらいの年齢で人生に悩んだことがあります。辛いことがあると自分を責めがちですが、その背景には社会全体にも責任があるのでは、と考えるようになりました。例えばホームレスが当たり前にいる世の中は、本来個人レベルで解決できる問題ではない。自己責任と思われがちな問題を、映画を通して大きなものと接続したいと思い制作しました」と語りました。その後、石原さんへの質疑応答に入ります。「登場人物が天使の羽を付けて野外で踊っているシーンが印象的という意見が出ましたが、どういう意図で制作されましたか?」という問いに「一般的なドキュメンタリー作品にはしたくなかったので、フィクションの要素を入れたいと思いました。 空を飛べる天使は重力から解放されたイメージを出すための重要な存在。私たちが住む世界は重力の影響で、常に下に引っ張られていて、気を抜くとすぐに落ち込んでしまいます。だからと言って、重力から浮かび上がるのは難しい。私は、自分自身に辛い事があった時や、人を傷つけたと思う時には教会での礼拝にも力がこもります。明るいところで目をギュッっとつぶると光が瞼に焼き付く、その光が重力から浮かび上がるような感覚かもしれないと思いました。それを映像で表現したくて、出演者達を天使として教会の外に登場させることで、現実ではないようなフィクショナルな要素を出すための演出にしました。」と答えると会場からは感嘆の声が溢れました。

 最後はイギリスの大学を卒業したばかりの石原さんに、今後の予定を確認。
久留米シティプラザでの『重力の光:祈りの記録篇』上映、福岡市美術館企画展「あらがう」の好評を受け、2025年に北九州市での上映会を検討中とのこと。石原さんは「できれば3月、北九州に一度戻りたい。その時には久留米にも行きたいです!将来的には『重力の光2』を撮りたい」と抱負を語りました。また、2026年にイギリスで個展の予定があるため、制作拠点はイギリスになるようです。
 プログラム終了後も、個人的な質問や相談が絶えず、モニターを囲み大きな円が出来ていました。石原さんは時間が許す限り参加者と談笑しました。

「参加者からの感想(一部抜粋)」
・私自身の考え方とは全く異なる考え方、思想に触れることが出来る良い機会でした。命の大切さ、社会の在り方を見直すきっかけとなりました。

・題材のテーマが重たいと感じました。グループで話し合いをすることで、この作品に共感できないということは、これまでの自分の人生がとても幸せだったのだと気づかされました。

・1つの映画を観て感じる事、考える事が一人一人違うこと。それを意見交換するのは興味深かった。石原海さんの「責任はどこにあるのか?」という言葉が印象的でした。自分にとっては新しい視点でした。

・映画は、不思議なシーンが多いと感じた、「対話の時間」で様々な考えが聞けて面白かった。内容が聖書に書かれているものだと聞き、一貫性を感じました。プレレクチャーから参加しましたが、自分の居場所について考えさせられました。


[進行]    
長津結一郎(九州大学大学院芸術工学研究院准教授)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年02月09日